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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)199号 判決 1997年12月24日

東京都文京区本駒込五丁目六五番八号

原告

前田晴啓

右同所

原告

前田文子

右両名訴訟代理人弁護士

今井勝

摺木崇夫

東京都文京区本郷四丁目一五番一一号

被告

本郷税務署長 齋藤誠

右訴訟代理人弁護士

中村勲

右指定代理人

中井國緒

堀久司

庄子衛

伊藤浩視

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

1  被告が原告前田晴啓の昭和六二年分の所得税について、平成三年一二月一三日付けでした更正処分(異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち所得金額五九九五万一六一二円、納付すべき税額一二四八万七二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  被告が原告前田文子の昭和六二年分の所得税について、平成三年一二月一三日付けでした更正処分(異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち所得金額五七六二万二四五四円、納付すべき税額一二三二万三〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(異議決定及び審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告らは、一部を居住の用に、その他を原告晴啓の事業の用に供していた東京都港区所在の東麻布の家屋及びその敷地の用に供していた土地の借地権を昭和六二年中に譲渡したが、一方、原告らは、右譲渡の日の属する年の前年一月一日から右譲渡の日の属する年の一二月三一日までに、本駒込に原告らの居住の用に供する家屋及び当該家屋の敷地の用に供する土地を取得し、かつ、その取得の日から右譲渡の日の属する年の翌年一二月三一日までに原告らの居住の用に供したものであり、また、右譲渡の日の属する年の一二月三一日までに、宇都宮に事業用の建物及びその敷地の用に供する土地を取得し、かつ、その取得の日から一年以内に原告晴啓の事業の用に供したものであるから、右東麻布所在の建物等の譲渡に係る譲渡所得金額の計算に当たっては、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三六条の二(昭和六三年法律第四号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する居住用財産の買換えの場合の長期譲渡所得の課税の特例及び措置法三七条(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例が適用されるべきであるなどとして、昭和六二年分の所得税の各確定申告及び修正申告をしたのに対し、被告がこれを否定して更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたことから、原告らが、右各処分は違法であるとして、それらの取消しを求めるものである。

一  関係法令の規定内容

1  居住用資産の買換えの場合の長期譲渡所得の課税の特例(措置法三六条の二)(以下「居住用資産の買換えの特例」という。)

措置法三六条の二第一項は、個人が、その有する家屋又は土地若しくは土地の上に存する権利で、その年の一月一日において措置法三一条(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)三項に規定する所有期間(以下単に「所有期間」という。)が一〇年を超えるもののうち、措置法三六条の二第一項所定の居住の用に供する一定の資産(以下「譲渡資産」という。)を譲渡した場合において、当該譲渡の日の属する年の前年一月一日から当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までの間に当該個人の居住の用に供する家屋又は当該家屋の敷地の用に供する土地若しくは当該土地の上に存する権利で、所得税法の施行地にあるもの(以下「居住用の買換資産」という。)を取得し、かつ、当該取得の日から当該譲渡の日の属する年の翌年一二月三一日までの間に当該個人の居住の用に供したとき、又は見込みであるときは、当該個人がその年における資産の譲渡につき措置法三五条一項の規定の適用を受けている場合を除き、当該譲渡資産の譲渡による収入金額が居住用の買換資産の取得価額以下である場合にあっては当該譲渡資産の譲渡がなかったものとし、当該収入金額が当該取得価額を超える場合にあっては当該譲渡に係る資産のうちその超える金額に相当するものとして政令で定める部分の譲渡があったものとして、譲渡所得の金額を計算する旨定めている。

2  特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(措置法三七条)(以下「事業用資産の買換えの特例」という。)

(一) 措置法三七条一項は、個人が昭和四五年一月一日から昭和六五年一二月三一日までの間に、その有する資産(所得税法二条一項一六号に規定する棚卸資産その他これに準ずる資産で政令で定めるものを除く。以下同じ。)で措置法三七条一項の表の各号の上欄に掲げるもののうち事業の用に供しているものの譲渡をした場合において、当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までに、当該各号の下欄に掲げる資産の取得(建設及び製作を含むものとし、贈与又は交換によるものその他政令で定めるものを除く。)をし、かつ、当該取得の日から一年以内に、当該取得をした資産(以下「事業用の買換資産」という。)を当該各号の下欄に規定する地域内にある当該個人の事業の用に供したとき、又は供する見込みであるときは、当該譲渡による収入金額が当該事業用の買換資産の取得価額以下である場合にあっては、当該譲渡に係る資産の譲渡がなかったものとし、当該収入金額が当該取得価額を超える場合にあっては、当該譲渡に係る資産のうちその超える金額に相当するものとして政令で定める部分の譲渡があったものとして、譲渡所得の金額を計算する旨定めている。

ただし、事業用の買換資産を、取得の日から一年以内に当該事業の用に供しなくなったときには、この特例の適用がないとされている(同項)。

(二) 同条一項の表の一号においては、その上欄に「次に掲げる区域(政令で定める区域を除く。以下この表において「既成市街地等」という。)内にある土地若しくは土地の上に存する権利、建物(その附帯設備を含む。)又は構築物(これらの資産のうち、第五号の上欄に掲げる資産にも該当するものを除く。) イ 首都圏整備法第二条第三項に規定する既成市街地 ロ 近畿圏整備法第二条第三項に規定する既成市街地 ハ イ又はロに掲げるものとして政令で定める区域」と規定され、その下欄に「既成市街地等以外の地域内(所得税法施行地に限る。)にある次の資産 イ 土地等(農業又は林業の用に供されるものにあっては、都市計画法第七条第一項の市街化区域と定められた区域以外の地域内にあるものに限る。) ロ イに掲げる土地等の取得に伴い取得をされる建物、構築物又は機械及び装置で、当該土地等において事業の用に供されるもの」と規定されており、また、同表の一四号においては、その上欄に「所得税法の施行地にある土地等、建物又は構築物で、当該譲渡の日の属する年の一月一日において当該個人の第三一条第二項に規定する所有期間が一〇年を超えるもの」と規定され、その下欄に「次に掲げる資産 イ 減価償却資産(ロに掲げるものを除く。)で所得税法の施行地にある事業の用に供されるもの ロ 船舶(船舶法(明治三十二年法律第四十六号)第一条に規定する日本船舶に限る。)」と規定されている。

(三) 措置法三七条一項の適用上、譲渡資産又は買換資産がその所有者と生計を一にする親族の事業の用に供されている場合には、当該譲渡資産又は買換資産はその所有者にとっても事業の用に供されているものとみるべきものと解されている(「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」通達(以下「措置法通達」という。)三七-二二、三三-四三参照)。

3  なお、右1及び2の各特例は、その適用を受けようとする者の当該譲渡をした日の属する年分の確定申告書に、その規定の適用を受けようとする旨の記載があり、かつ、当該譲渡をした資産の譲渡価額、買換資産の取得価額その他大蔵省令で定める書類の添付がある場合に限り、適用することとされている(措置法三六条の二第四項、措置法三七条六項)。

二  争いのない事実等(証拠により認定した事実は、その末尾に証拠を掲げた。その余の事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告前田晴啓(以下「原告晴啓」いう。)は、宝生流能楽の家元の直弟子にあたる能楽師であり、舞台に立ち自らの技能を観客に鑑賞させ、又は弟子に能楽の技能を教授することなどを職務として継続的に対価を得ている者である。

原告前田文子(以下「原告文子」という。)は、原告晴啓の母であり、原告晴啓とともに後記3記載の家屋に住んでいる者で、その生計は原告晴啓と同一である。

2  東麻布の家屋及び借地権(以下併せて「本件譲渡資産」という。)

(一) 原告晴啓の父故前田忠茂(以下「故忠茂」という。)は、昭和二三年以来、東京都港区東麻布一丁目二五番一号所在の土地(一六五・二八平方メートル)の借地権(以下「本件借地権」という。)及び同土地上の家屋(延床面積二一二・七七平方メートル。以下「東麻布の家屋」という。)を所有し、原告晴啓及び原告文子とともに居住していた(弁論の全趣旨)。

(二) 故忠茂は、宝生流の能楽師として重要無形文化財保持者としての認定を受けていた。

故忠茂及び原告晴啓は、東麻布の家屋の二階にある能舞台で弟子に稽古をつけることにより、右家屋部分を事業用として使用していた。

東麻布の家屋のうち、事業用部分と評価できるのは二階部分(能舞台及びそれに続く八畳間(弟子の控部屋)等)であり、その割合は四〇パーセントであり、残りの六〇パーセントは居住用部分である。

(三) 昭和四六年一一月一一日に故忠茂が死亡したことにより、原告らは、本件借地権及び東麻布の家屋を、持分を各二分の一として共同相続した。

(四) 原告らは、本件借地権及び東麻布の家屋を、昭和六二年七月三一日、株式会社セフコ(以下「セフコ」という。)に対し、一五億一〇〇〇万円で譲渡した。

右売却代金を右(二)の割合で居住用資産と事業用資産とに割り当てると、

(1) 居住用資産の価額 九億〇六〇〇万円

(原告各自につき四億五三〇〇万円)

(2) 事業用資産の価額 六億〇四〇〇万円

(原告各自につき三億〇二〇〇万円)

となる。

3  本駒込の土地及び家屋

(一) 原告らは、昭和六二年七月二一日、東京都文京区本駒込五丁目二六九番一六及び同番一九所在の宅地一九五・〇六平方メートル(以下「本駒込の土地」という。ただし、売買契約書上の面積は一九九・六三平方メートルである。)を購入取得した(原告らの共有持分は各二分の一である。)。

(二) また、原告らは、同年一二月一五日、本駒込の土地上に地上三階地下一階建の家屋(総床面積四七四・一二平方メートル。以下「本駒込の家屋」といい、本駒込の土地と併せて「本駒込の物件」という。)を建築取得した(原告らの共有持分は各二分の一である。)

(三) 右家屋のうち、少なくとも一階から三階までの部分は通常の居住用の家屋として造られ、原告らが居住用に利用している。

右家屋の地下一階部分には能舞台(三一・三六平方メートル。本駒込の家屋の総床面積に占める割合は六・六一パーセント。)がしつらえてある。

地下一階部分の床面積は一四三・〇二平方メートルであり、本駒込の家屋の総床面積に占める割合は三〇・一六パーセントである。

4  宇都宮の土地

原告らは、昭和六二年一〇月二九日、栃木県宇都宮市桜五丁目二六三五番一及び同番二所在の宅地(合計面積一〇六七・七五平方メートル。以下「宇都宮の土地」という。)を、当時同土地上に存在していた建物とともに購入取得した(原告らの共有持分は各二分の一である。)。

5  宇都宮の家屋

(一) 原告らは、昭和六三年九月三〇日、宇都宮の土地上に四階建建物を建築取得した(原告らの共有持分は各二分の一である。)。右四階建建物は、床面積二七三・三三平方メートルの一階建の家屋(以下「宇都宮の家屋甲」という。)と延床面積九七五・二九平方メートルの四階建共同住宅(以下「宇都宮の家屋乙」といい、宇都宮の土地、宇都宮の家屋甲と併せて「宇都宮の物件」という。)の二つの専有部分からなっており、総床面積一二四八・六二平方メートルのうち前者が占める割合は二二パーセントである。

(二) 原告晴啓は、宇都宮の家屋甲において、昭和六三年一〇月頃から少なくとも平成元年四月頃までは、宇都宮市近辺に在住の弟子たちに能楽の教授をしていた。

(三) 原告らは、宇都宮の家屋乙を賃貸用として建築したのであるが、平成元年四月四日、宇都宮の家屋乙及びその敷地部分を、上河内開発株式会社(以下「上河内開発」という。)に対し、四億三〇〇〇万円で譲渡する旨の売買契約を締結し、右同日、右家屋及びその敷地部分を同社に対し引き渡した。

そのため、宇都宮の家屋乙は、原告らによって現実に賃貸されることはなかった。

(四) 原告らは、宇都宮の家屋甲及びその敷地についても、上河内開発に対し、譲渡した(その日付けについては争いがある)。

6(一)  原告晴啓は、別表一記載のとおり、昭和六三年三月一四日、昭和六二年分の所得税について確定申告をし、平成元年四月二四日、修正申告をしたところ、被告は、平成三年一二月一三日付けで、総所得金額二三二万九一五八円、分離課税の長期譲渡所得金額三億〇四五四万七二一六円、納付すべき税額八五五八万二一〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額一〇三三万四〇〇〇円とする賦課決定処分を行い、同日その旨を原告晴啓に通知した。

(二)  原告文子は、別表二記載のとおり、昭和六三年三月一四日、昭和六二年分の所得税について確定申告をし、平成元年四月二四日、修正申告をしたところ、被告は、平成三年一二月一三日付けで、総所得金額零円、分離課税の長期譲渡所得金額三億〇四五四万七二一六円、納付すべき税額八五二六万四八〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額一〇三二万四五〇〇円とする賦課決定処分を行い、同日、その旨を原告文子に通知した。

7  原告らは、平成四年二月一〇日、右6の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分を不服として、被告に対し、異議の申立てをしたところ、被告は、同年七月六日付けで、別表一及び二記載のとおり右各更正処分等を一部取り消す旨の決定をした。

原告らは、平成四年七月二九日、国税不服審判所長に対し、右各異議決定を経た後の右各更正処分等になお不服があるとして審査請求をしたところ、同審判所長は、平成六年三月三〇日、別表一及び二記載のとおり、右各更正処分等(各異議決定により一部取り消された後のもの)を一部取り消す旨の裁決をし、同年四月六日、各裁決書が原告らにそれぞれ送付された(弁論の全趣旨。以下、右各異議決定及び各審査裁決により取り消された後の各更正処分、各過少申告加算税賦課決定処分をそれぞれ「本件各更正処分」、「本件各賦課決定処分」といい、両者を併せて「本件各更正処分等」という。)。

三  本件各更正処分等の根拠に関する被告の主張

(なお、以下において、かっこ内に「争いがない。」と記載したものは、その金額について当事者間に争いがないものである。)

1  被告が本訴において主張する原告らの昭和六二年分の所得税についての課税標準及びそれに対する税額は、別表三記載のとおり、

(一) 原告晴啓については

総所得金額 一六三万六九五二円

分離課税の長期譲渡所得金額 二億九〇八四万二八八八円

納付すべき税額 八一三二万八八〇〇円

(二) 原告文子については

分離課税の長期譲渡所得金額 二億九〇八四万二八八八円

納付すべき税額 八一一五万三六〇〇円

である。

2  原告晴啓に係る総所得金額一六三万六九五二円

右金額は、原告晴啓がその他の事業所得に係る所得金額として申告した二三二万九一五八円(争いがない。)から、本駒込の土地の取得に要した登記費用一二五万一五〇〇円(争いがない。)のうち三〇・一六パーセント(後記四の争点1に関する被告の主張のとおり、本駒込の物件のうち事業用の買換資産とみるべき部分の割合である。)に相当する三七万七四五二円及び宇都宮の土地の取得に要した登記費用一四三万〇七〇〇円(争いがない。)のうち二二パーセント(後記四の争点2に関する被告の主張のとおり、宇都宮の物件のうち事業用の買換資産とみるべき部分の割合である。)に相当する三一万四七五四円の合計六九万二二〇六円(これが事業の用に供された部分に対応する登記費用と認められる。)を控除したものである。

3  原告晴啓及び同文子に係る分離課税の長期譲渡所得金額各二億九〇八四万二八八八円

右金額は、本件譲渡資産の譲渡収入(譲渡価額)から居住用及び事業用の買換資産の各取得価額を控除して譲渡による収入金額を確定した上、その収入金額から譲渡に係る必要経費(譲渡資産の取得費、譲渡費用)を控除して算出したものである。

なお、右の譲渡所得金額は、原告らが各二分の一の割合により共有する本件譲渡資産を譲渡し、本駒込の物件及び宇都宮の物件をそれぞれ二分の一の共有持分で買換え取得した取引により生じた譲渡所得金額であるから、以下、原告ら両名に発生した右譲渡所得金額の合計である五億八一六八万五七七七円の算出根拠を一括して主張する。

(一) 譲渡価額 一五億一〇〇〇万円

右金額は、本件譲渡資産をセフコに売却した譲渡価額であり、原告らの申告額である(争いがない。)。

本件譲渡資産の譲渡に関して措置法三六条の二及び同法三七条による買換資産の特例を適用するに当たっては、譲渡価額を本件譲渡資産の利用形態に応じて按分し、居住用資産(六〇パーセント)の譲渡価額は九億〇六〇〇万円、事業用資産(四〇パーセント)の譲渡価額は六億〇四〇〇万円として計算されるべきことになる(争いがない。)。

(二) 買換資産の取得価額 八億七〇二九万三九八九円

右金額は、本件譲渡資産を譲渡して取得した買換資産につき、前述した譲渡資産の居住用及び事業用の各部分に対応した譲渡価額の範囲内において買換えの特例が認められる取得価額の合計額であるが、原告らが購入、建築した買換資産等に関する具体的計算過程は、以下のとおりとなる。

(1) 買換資産である本駒込の土地の取得価額

ア 買換資産である本駒込の土地の取得価額(争いがない。) 五億六八〇四万八七八八円

イ 本駒込の家屋の取得価額 四億二〇二一万三六〇〇円

(内訳)

工事代(戸田建設株式会社東京支店分) 三億二五五〇万円

工事代(和寇工業株式会社分) 七三九〇万円

建築確認申請料 一万七〇〇〇円

設計監理料(玉蟲設計事務所) 二〇七九万六六〇〇円

(原告らが少なくとも右金額を支払ったことは争いがなく、原告らは、以上のほかに、近隣対策費として一三〇万円を支払っているので、これを取得価額に含めるべきである旨主張している。)

ウ 後述のとおり、本駒込の家屋の地下一階部分は、原告晴啓の事業用として、また、その一階ないし三階は、原告らの居住用として利用されていたものと認められ、その居住用及び事業用部分の全体に占める割合は、居住用部分が六九・八四パーセント、事業用部分が三〇・一六パーセントとなる。

エ このため、本駒込の物件に関して買換えの特例が認められる取得価額は、

(ア) 居住用資産の買換えの特例の適用対象分が、前記ア及びイの取得価額に六九・八四パーセントを乗じて算出した六億九〇二〇万円二四五二円

(イ) 事業用資産の買換えの特例の適用対象分が、前記イの取得価額に三〇・一六パーセントを乗じて算出した一億二六七三万六四二二円(本駒込の土地は、措置法三七条一項の表一四号に掲げる事業用の買換資産に該当しない。)

となる。

(2) 買換資産である宇都宮の物件の取得価額

ア 宇都宮の土地の取得価額 二億四二五二万三二五〇円

(内訳)

土地代 二億二五〇〇万円

仲介手数料(株式会社スペース商会) 六七五万円

収入印紙 二〇万円

土地取得業務代行料(玉蟲設計事務所) 一六三万六二五〇円

仲介コンサルタント料(玉蟲設計事務所) 八九三万七〇〇〇円

(原告らが少なくとも右金額を支払ったことは争いがなく、原告らは、玉蟲設計に対して支払った<1>仲介コンサルタント料九〇〇〇万円、<2>土地取得業務代行料五五〇万円、<3>設計管理料四六〇〇万円の合計一億四一五〇万円はすべて宇都宮の物件の取得価額に含めるべきである旨主張している。)

イ 宇都宮の家屋甲及び宇都宮の家屋乙の取得価額 五億〇九三一万八四〇〇円

(内訳)

工事代(戸田建設株式会社関東支店分) 三億八六五〇円

工事代(和寇工業株式会社分) 九七五〇万円

収入印紙 一一万五〇〇〇円

設計監理料(玉蟲設計事務所) 二五二〇万三四〇〇円

(原告らが少なくとも右金額を支払ったことは争いがなく、原告らは、和寇工業に支払った工事代金は一億〇二〇〇万円である旨、また、以上のほかに、近隣対策費として一〇〇万円を支払っているので、これを取得価額に含めるべきである旨主張している。)

ウ 事業用資産の買換えの特例が適用される取得価額 五三三三万五一一五円

後記四の争点2で述べるとおり、原告らの本件譲渡資産の譲渡に関し事業用資産の買換えの特例の適用が認められる余地のあるものは、宇都宮の家屋甲の床面積二七三・三三平方メートルに対応する宇都宮の土地の取得価額のみであるというべきところ、同床面積は宇都宮の家屋甲、宇都宮の家屋乙の総床面積一二四八・六二平方メートルの二二パーセントに相当するので、事業用資産の買換えの特例が適用される取得価額は、前記アの金額に二二パーセントを乗じて算出される右の金額となる。

(三) 譲渡による収入金額 六億三九七〇万六〇一一円

右は、前記(一)の本件譲渡価格一五億一〇〇〇万円から、措置法による資産の買換えの特例が認められる居住用の買換資産及び事業用の買換資産の取得価額、すなわち、前記(二)(1)エ(ア)の六億九〇二〇万二四五二円、前記(二)(1)エ(イ)の一億二六七三万六四二二円及び前記(二)(2)ウの五三三五万五一一五円の合計金額八億七〇二九万三九八九円を控除した金額である。

(四) 必要経費の額 五八〇二万〇二三四円

右の金額は、前記(三)の譲渡による収入金額に対応する次の譲渡資産の取得費と当該譲渡に要した譲渡費用の合計額である。

(1) 右収入金額に対応する資産の取得費 三一九八万五三〇〇円

右は、措置法三一条の四(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)第一項の規定により、譲渡による収入金額六億三九七〇万六〇一一円に一〇〇分の五を乗じて算出した金額である。

(2) 右収入金額に対応する資産の譲渡費用 二六〇三万四九三四円

右譲渡費用は、前記(三)の譲渡による収入金額に対応する資産の譲渡費用であるところ、本件譲渡資産の譲渡に要した総費用は、六一四五万四四〇二円(その内訳は左記のとおり)であるから、これに前記(一)の譲渡価額一五億一〇〇〇万円のうち前記(三)の譲渡による収入金額六億三九七〇万六〇一一円の占める割合を乗じて算出される二六〇三万四九三四円が右収入金額に対応する資産の譲渡費用となる。

(内訳)

収入印紙 四〇万円

鑑定料 九七万七〇〇〇円

雑費 一一万〇四〇二円

仲介コンサルタント料(玉蟲設計事務所) 五九九六万七〇〇〇円

(収入印紙、鑑定料、雑費については争いがない。)

(五) 措置法による買換資産の特例を適用した場合の本件譲渡資産に係る分離課税による長期譲渡所得金額 五億八一六八万五七七七円

右は、前記(三)の譲渡による収入金額六億三九七〇万六〇一一円から前記(四)の必要経費五八〇二万〇二三四円を控除したものである。

したがって、原告晴啓、同文子の各分離課税による長期譲渡所得金額は、右金額の二分の一に当たる二億九〇八四万二八八八円となる。

4  納付すべき各所得税額の計算

前記2、3の各所得金額を基に原告らの納付すべき各所得税額を計算すると、別表三に記載したとおり、

(一) 原告晴啓については、次の(1)、(2)を合計した八一四一万七二〇〇円から源泉徴収の方法により納付済みの税額九万八三四四円(申告額)を控除した残額八一三二万八八〇〇円となる(通則法一一九条一項により一〇〇万円未満を切り捨てた後のものである。)。

(1) 総所得金額に対する税額 八万九四〇〇円

右は、その他の事業所得の金額一六三万六九五二円から所得控除の額の合計額七八万四五九一円(修正申告額)を控除した金額八五万二〇〇〇円(国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)八九条一項に規定する税率を乗じて計算した金額である。

(2) 分離課税の長期譲渡所得の金額に対する税額 八一三三万七八〇〇円

右は、長期譲渡所得の金額二億九〇八四万二〇〇〇円(通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、措置法三一条一項(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づき同項及び同法施行令二〇条一項の規定を適用して計算した金額である(計算の経緯は、別表三記載のとおり)。

(二) 原告文子については、八一一五万三六〇〇円となる(通則法一一九条一項により一〇〇万円未満を切り捨てた後のものである。)。

右は、分離課税の長期譲渡所得の金額二億九〇八四万二八八八円から所得控除の額三三万円(修正申告額)を控除した金額二億九〇五一万二〇〇〇円(通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、措置法三一条一項の規定に基づき同項及び同法施行令二〇条一項の規定を適用して計算した金額である(計算の経緯は、別表三記載のとおり)。

5  本件各更正処分の適法性

別表一及び二記載の本件各更正処分による総所得金額、分離長期譲渡所得金額、納付すべき税額は、いずれも前記4の(一)、(二)の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

6  本件各賦課決定処分の適法性

(一) 原告晴啓に係る過少申告加算税

原告晴啓は、昭和六二年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由は存しないから、同原告に対し賦課すべき過少申告加算税の額を、通則法六五条一項、二項に基づき計算すると、本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額六二九二万円(同法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に一〇〇分の一〇を乗じて算出される金額六二九万二〇〇〇円と、右新たに納付すべきこととなった税額のうち、期限内申告額一二五八万五五四四円を超える部分に相当する税額五〇三四万円(同法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出される金額二五一万七〇〇〇円との合計額八八〇万九〇〇〇円(通則法一一九条四項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)となる。右金額は、同原告に係る本件賦課決定処分による過少申告加算税額と同額であるから、右賦課決定処分は適法である。

(二) 原告文子に係る過少申告加算税額

原告文子は、昭和六二年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由は存しないから、同原告に対し賦課すべき過少申告加算税の額を、通則法六五条一項、二項に基づき計算すると、本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額六二八八万円(同法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に一〇〇分の一〇を乗じて算出される金額六二八万八〇〇〇円と、右新たに納付すべきこととなった税額のうち、期限内申告額一二三二万三〇〇〇円を超える部分に相当する税額五〇五六万円(同法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出される金額二五二万八〇〇〇円との合計額八八一万六〇〇〇円(通則法一一九条四項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)となる。右金額は、同原告に係る本件賦課決定処分による過少申告加算税額と同額であるから、右賦課決定処分は適法である。

四  争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は、原告らが本件譲渡資産を譲渡したことにより生じる昭和六二年分の譲渡所得金額の計算に当たって、(一) 本駒込の物件のすべてが居住用の買換資産に当たるか否か、その一部が事業用の買換資産の当たる場合その範囲いかん、(二) 宇都宮の家屋甲及びその敷地部分について事業用資産の買換えの特例の適用があるかどうか、適用があるとしてその範囲等いかん(宇都宮の家屋乙及びその敷地部分について右特例の適用がないことは当事者間に争いがない。)、(三) 本件譲渡資産の譲渡による譲渡所得金額の計算上、宇都宮の物件の売却による損失を控除することができるか否か、(四) 玉蟲設計事務所に対し支払われた仲介コンサルタント料等のすべてが宇都宮の物件の取得費になるか否か、(五) 和寇工業に対し支払われた工事代金の一部が玉蟲設計に対する報酬として宇都宮の物件の取得費になるか否か、右工事代金のうち宇都宮の物件の取得費となる金額、(六) 原告らが本駒込の家屋及び宇都宮の家屋の建築に当たりその主張の近隣対策費を支出したかどうか、支出したとしてそれが右各家屋の取得費になるか否かであり、右各争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  本駒込の物件のすべてが居住用の買換資産に当たるか否か、その一部が事業用の買換資産に当たる場合その範囲いかんについて

(原告らの主張)

(一) 原告晴啓は、本駒込の家屋の地下一階部分は弟子に対する能楽の教授の場としては使用しておらず、あくまで自己の研さんのために本駒込の能舞台を使用していたのであり、同家屋はそのすべてが居住用であるから、本駒込の物件はそのすべてが居住用の買換資産と認められるべきである。

このことは、以下の理由から明らかである。

(1) 従前の経緯

原告晴啓は、故忠茂が自宅である東麻布の家屋で弟子に稽古をつけていたので、当初はその方針を踏襲し、その結果、毎日昼間も夜も弟子たちが同家屋に出入りして稽古を受けていた。

しかし、同家屋は、原告らの生活の場でもあったため、原告らの家族は四六時中弟子の対応をしなければならず、家族のプライバシーが保たれなくなった。先妻あけみは、原告晴啓に対し、右家屋において稽古をしないように懇願したが、原告晴啓がこれを聞き入れなかったため、夫婦間が不仲となり、その結果、昭和六二年九月二六日、原告晴啓は先妻あけみと離婚した。

原告晴啓は、右のような経緯から、離婚に先立つ昭和六二年七月三一日に東麻布の家屋を売却した際、新居となる本駒込の家屋には能舞台はしつらえるが、それはあくまで原告晴啓の研さんのみに用いることとし、弟子の稽古場としては使わないように決めていたのである。

(2) 能舞台の移築

原告晴啓は、東麻布の家屋にしつらえてあった能舞台(別紙一参照)を宇都宮の家屋甲に解体移転し、五〇席の客席を設け、そこで能楽教室を開いて常時弟子約二〇名を指導していた。

もし、原告晴啓が、本駒込の家屋の能舞台を弟子の稽古用に使用するつもりであったならば、同原告自身も弟子たちも使い慣れている東麻布の家屋の能舞台を本駒込の家屋に移設するはずである。実際には右能舞台は宇都宮の家屋甲に移設されているのであって、同原告は本駒込の家屋では弟子に稽古はつけていないのである。

(3) 家屋の構造等(別紙二ないし五参照)

本駒込の家屋の一階玄関ホールは、原告晴啓の子供用の生活用品が散乱しており、弟子が稽古に通うことは予想していないし、居室部分から地下一階に通じる階段は傾斜が急であり、日常生活には使用できず、災害時に地下から脱出するための非常用階段として設置されているものである。

また、地下に通じる階段の途中に設けられた水屋は、地下の清掃用の雑巾等を洗うために設けられたものであり、トイレに対応する手洗い場ではない。

地下一階の能舞台は檜のムク材で造られたものであって、仕上げの塗料は塗布されておらず、仮に原告晴啓がこれを稽古場として使用していれば床板はささくれ垢で黒ずんでいるはずのところ、完成から九年を経過した現在においても白木のままである。

地下一階の和室は舞台と仕切ることができる構造となっており、来客用の設備はまったくない。

一階の応接室(一階リビング)は、原告ら家族の生活の場として使用されており、能楽師の応接間としての雰囲気はまったくない。

(4) 家屋の利用状況

原告晴啓は、本駒込の家屋に引っ越した後は、静岡市北番町会館等の稽古場に一か月に二回ないし三回出向いて弟子に稽古をつけており、本駒込の能舞台で弟子に稽古をつける必要はなかった。

現実にも、原告晴啓は、これまで、本駒込の能舞台では対価を得て弟子に稽古をつけたことはなく、また、これを時間貸ししたこともないのである。

(5) 原告晴啓が、自己の研さんのために本駒込の能舞台を使用することは、次に述べるとおり、事業の用途に向けられたものとはいえない。

能は足利時代に源を発し長い歴史を有する伝統芸能であって極めて様式化された舞を介して表現する芸術であり、能楽師には、極めて高い精神の集中と身体の動きである舞を介して表現する能力が要求される。

そのため、能楽師は日頃から厳しい自己研さんをし、一定水準以上の技量を維持するように努める必要があるところ、その研さんのためには能舞台は必要不可欠である。なぜならば、面を着けた舞では視野が極めて狭くなるため能楽師は舞台の四隅にある柱と足により舞台の板目を確認することにより位置と方向を確認するものであることなどから、本舞台の準備には本舞台と同じ構造の舞台(つまり能舞台)を使用する必要がある。

このように、古典芸能の承継者として技量を維持するための自己研さんは、収入を得るために弟子に稽古をつける作業とは質的に異なるものであり、能楽師としての事業とはまったく別個のものである。

(6) 原告晴啓は、税務申告に関して、東麻布の家屋に住んでいたときは加藤要範税理士に委任しており、同税理士は、東麻布の能舞台の使用実績に基づいて右家屋の水道光熱費のうちの一部を事業上の必要経費として計上して所得税の申告をしていた。

原告晴啓は、本駒込の家屋に引っ越してからは、所得の申告等を中村松男税理士、橋詰正男税理士、岡野茂税理士にそれぞれ委任して行っていたところ、中村税理士は、東麻布時代の確定申告書を参考に水道光熱費の一部を事業上の必要経費として同原告の平成元年分の所得税の申告をし、その後税務申告に携わった橋詰税理士と岡野税理士も、前年分の確定申告書を参考にして所得税の申告をした。その結果、平成三年まで、本駒込の家屋の水道光熱費の一部が事業上の必要経費として申告されることとなった。

しかし、原告晴啓は、税理士の作成した同原告の所得税の確定申告書の内容を見たことはなく、また、仮に見たとしても、税務上の知識は皆無であったので、その内容を理解することは不可能であった。

したがって、原告晴啓が、平成元年分ないし平成三年分の所得税の申告において、本駒込の家屋の地下一階部分において生じた水道光熱費を事業所得の計算上必要経費として計上しているとしても、そのことをもって、原告晴啓自らがこの場所を事業の用に供していることを認めていたということはできないのである。

(7) 被告は、「居住の用に供している家屋」とは、真に居住の意思をもって客観的にもある程度継続して生活の本拠としている家屋をいうものであり、その判断に当たってはその者及び配偶者等の日常生活の状況、入居の目的、当該家屋の構造及び設備の状況等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきである旨主張する。

しかし、「居住の用に供している家屋」であるか否かの判断にあたっては、当該家屋の所有者の主観的な事情や目的をも考慮すべきである。本件では、次のような特殊な事情があることを考慮すべきである。

ア 東麻布の家屋及び本件借地権の売却、買換資産である本駒込の物件の購入等に関しては、原告晴啓の意思というよりも、税務対策について委任を受けた玉蟲設計が、本件譲渡資産の売却代金から譲渡益を出さないという方針でいくべきである旨同原告に説明し、税法に無知である同原告はこれをそのまま信じて、右売却代金のすべてを本駒込の物件につぎ込んでしまったのであり、その結果、同原告が予想していた以上に立派な能舞台ができあがってしまった。

イ また、原告晴啓は、自宅(本駒込の家屋)では弟子に稽古をつけないと決めており、事実稽古をつけなかった。

このように、当該家屋の所有者が確定した方針に基づいて当該家屋を居住用として使用しているのであるから、これを「居住の用に供している家屋」と認定するべきである。

(二) 仮に、本駒込の家屋のうち能舞台が事業用の資産と認定されたとしても、その面積は三一・三六平方メートルであり、それが右家屋全体に占める割合は六・六一パーセントにすぎないから、その余の九三・三パーセントは居住用の買換資産と認められるべきである。

本駒込の家屋の地下一階部分は、能舞台の外に舞台囲いがあり、その隣に和室(約一二畳)があるが、右和室は舞台と仕切ることによって個室として使用できる構造であり、原告晴啓はこれを書斎として使っているのであるから、能舞台以外は、原告晴啓の事業とは何ら関係がないものである。

(被告の主張)

(一) 本駒込の家屋の地下一階部分は、能楽の稽古場として造られたものであり、かつ、原告晴啓及びその弟子の能楽の稽古場として利用されていることから、事業用と認めるが相当である。

したがって、本駒込の家屋の地下一階部分は原告晴啓の事業用として、また、その一階ないし三階部分は原告らの居住用としてそれぞれ使用されているものと認めるのが相当というべく、その居住用及び事業用部分の各面積が全体の床面積に占める割合は、居住用部分が六九・八四パーセント、事業用部分が三〇・一六パーセントとなる。

(二) 措置法三六条の二は、租税負担の特例を定めた特別の優遇措置であり、税負担公平の見地から、その要件は狭義厳格に解釈適用されるべきものであるところ、同条一項一号にいう「居住の用に供している家屋」とは、真に居住の意思をもって客観的にもある程度継続して生活の本拠として使用される家屋をいうものであり、その判断に当たってはその者及び配偶者等の日常生活の状況、入居の目的、当該家屋の構造及び設備の状況等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきものである。

本駒込の家屋の地下一階部分は、以下に指摘するとおり、その構造、建築の経過及び利用の状況等からみて、原告晴啓が能楽師としてその事業の用に供している資産と認めるのが相当である。

(1) 家屋の構造(別紙二ないし五参照)

本駒込の家屋の地下一階部分は、舞台を中心として舞台廻り、見所としての和室及び更衣室からなっていて、舞台設備と一体をなす構造に造られている。

一方、その一階から三階部分は通常の居住用の構造で造られ、一階と二階の間及び二階と三階の間の階段についても各階室内の中央部分に一箇所設けられ、通常の居宅の形態を有しているのに対して、一階と地下一階との間の階段としては、一階玄関内から一階の居室部分を通ることなく直接地下に降りる階段と居室部分から降りる階段の二箇所設けられている上、地下一階部分には水屋及びトイレも設けられている。右の階段は、その構造から、能楽の受講のために来た弟子が玄関から直接地下一階の能舞台の場へ降りるために造られていることが窺われる。

要するに、本駒込の家屋の地下一階部分は、その一階ないし三階の居住部分とは別に独立した構造で能楽の稽古場として来訪する弟子を予定して造られたものである。

(2) 家屋の建築の経緯

本駒込の家屋の地下一階部分が、能楽の鍛練ないし自己又は来訪する弟子らの能楽の稽古場としての利用を目的として、その機能を持たせるべく造られたことは、その建築の経緯からしても明らかである。

ア 本駒込の家屋の地下一階部分は、譲渡資産である東麻布の家屋において事業用の部分とされていた二階部分と同じ利用目的、つまり、能楽の鍛練ないし稽古場のために建築されたものである。現実に本駒込に建築された家屋の地下一階部分は、その構造が、先に述べたとおり、能舞台を中心として舞台廻り、見所としての和室、更衣室及び生活の場を通じないで玄関から直接出入りできる階段からなっており、東麻布の家屋の事業用に供していた二階部分(別紙一参照)とほぼ同一の構造で造られているのである。

イ さらに、本駒込の家屋の設計図面(別紙二ないし五)によると、地下一階部分には独立して水屋及びトイレが設けられており、一階部分には、台所及び洗面所の外に水屋が設けられているほかに「生徒」と記載された洋室及び二個のトイレが配置されているのであって、本駒込の家屋は、その建築のはじめから外部からの弟子の来訪を予定した構造のものとして計画されていたことは明らかというべきである。

(3) 地下一階部分の利用状況

本駒込の家屋の地下一階部分は、原告晴啓の弟子たちに対する能楽教授のため、すなわち事業用の場所として利用されていた。なお、本駒込の家屋の地下一階部分においていつころまで外部からの弟子による能楽の稽古が行われていたかの詳細は明らかではないが、ある時期まで稽古場として利用されていたことは確実であり、少なくとも、同原告が主宰する同門会の発表会の直前においては、同原告の弟子の能楽の稽古場として利用されていたものと認められる。

(三) 原告晴啓が被告に提出した平成元年分ないし平成三年分の所得税青色申告決算書において、原告晴啓は、事業所得の計算上の必要経費として、水道光熱費平成元年分八二万〇八八二円、平成二年分七四万三〇六七円、平成三年分七七万〇一八四円をそれぞれ計上して各年分の所得税の確定申告書を提出しているところ、これら水道光熱費は、本駒込の家屋の地下一階部分において生じた費用を計上しているものと推認されるものであり、このことは原告晴啓自らがこの場所を事業の用に供していることを認めていたことにほかならない。

(四) 仮に、原告晴啓が主張するように本駒込の家屋の地下一階部分を自己研さんのためにのみ使用しているとしても、これによって右部分が措置法三六条の二第一項にいう居住用の買換資産に該当するということにはならない。

すなわち、措置法施行令二四条の二第七項一号は、措置法三六条の二第一項に規定する個人が取得をする家屋のうちに当該個人の居住の用以外の用に供する部分があるときは、その居住の用に供する部分に限り、買換資産に該当するものとすると規定しているのであり、この場合の居住の用に供する部分とは、当該個人が現に起居のために使用している居住用部分をいい、それ以外の部分は含まれないと解するのが相当である。

本駒込の家屋の地下一階部分は、その構造、設備からみて、これが原告らの日常の起居のために必要なものとは認められないのであり、むしろ原告らの家族構成からみて、原告らの起居のために必要な部分は、本駒込の家屋の一階ないし三階部分で十分であると認められる。しかも、原告晴啓は、宝生流能楽の家元の直弟子として伝統芸能を受け継ぐ能楽師であり、舞台に立ち自らの技能を観客に鑑賞させ、又は弟子に能楽の技能を教授することなどを職務として継続的に対価を得ている者であることから、右能楽師として常に一定水準以上の技量を維持するための自己研さんの場として右地下一階部分を利用していたとすれば、それは能楽師としての事業目的による活動のための利用というべく、右地下一階部分が措置法施行令二四条の二第七項一号に規定する居住の用に供する部分に該当しないことは明らかである。

(五) なお、前述したとおり、本駒込の家屋の地下一階部分は、全体として能楽の稽古場として造られたものであり、原告晴啓及びその弟子の能楽の稽古場として利用されている実態にあったのであり、能舞台以外の部分(和室等)についても、これを居住用と認める余地はない。

2  宇都宮の家屋甲及びその敷地部分について事業用資産の買換えの特例の適用があるか否か、適用があるとしてその範囲等いかんについて

(原告らの主張)

(一) 原告らは、宇都宮の家屋甲を稽古場として使用していたが、以下に述べる理由により、平成元年四月四日、これをその敷地とともに、上河内開発に譲渡した。

(1) 原告晴啓は、玉蟲設計から、ア 事業用資産の買換えの特例の適用が認められるためには、買換資産である土地の面積は譲渡資産である土地の面積の五倍以内でなければならない、イ しかるに、宇都宮の土地は一〇六七・七五三平方メートルであり、東麻布の土地のうち事業用部分は六六・一一二平方メートル(東麻布の家屋の事業用割合を四〇パーセントとして計算)であるから、五倍を超えている、ウ そこで、宇都宮に建てる建物のうち、本件譲渡資産の譲渡代金で建てる部分(家屋甲)の他に譲渡代金以外の自己資金で建築する部分(家屋乙)とを区分する、エ 後者の部分については、買換資産である不動産ではないので、右譲渡代金の余剰金を充てることはできず、銀行から建築資金を借り入れる必要があるが、同建物を賃貸することにより得た収入で十分返済できる旨説明された。

原告晴啓は、税法に関する知識が皆無であったので、玉蟲設計に言われるままに、足利銀行から六億〇八〇〇万円を借り入れた。その際、足利銀行の求めに応じ、本駒込の物件に根抵当権を設定した。

(2) 原告晴啓の能楽師としての年間所得は二三〇万円ほどであり、宇都宮の家屋乙の借手も見つからないため、右借入金の返済は不可能な状態になった。原告らは、このままでは本駒込の物件が競売されてしまうと考え、弁済資金を捻出するために宇都宮の家屋乙及びその敷地部分を売却しようとした。しかし、買主である上河内開発は、宇都宮の家屋甲及びその敷地部分と一括でなければ購入できないという条件を出し、原告晴啓としても、弁済資金を捻出するために宇都宮の家屋甲及びその敷地部分と宇都宮の家屋乙及びその敷地部分との双方を売却せざるを得なかった。

(二) 原告晴啓は、生まれながらの能楽師であって、不動産取引や税務についてまったく無知であり、玉蟲設計を全面的に信頼して、その指示に従ってきたにすぎない。

宇都宮の家屋甲及びその敷地部分の売却の経緯は右のとおりであり、原告晴啓は、同家屋について故意に事業の用に供することをやめたのではないのであり、このような場合には、事業用資産の買換えの特例の適用が認められるべきである。

(被告の主張)

(一) 宇都宮の家屋甲について

原告晴啓は、宇都宮の家屋甲で宇都宮市近辺に在住の弟子たちに能楽の教授をし、右家屋を事業の用に供していたが、その期間は昭和六三年一〇月頃から遅くとも平成元年四月までの約七カ月に過ぎず、同年五月以降はこれを事業の用に供していない。

つまり、宇都宮の家屋甲は、取得の日から一年以内に事業の用に供されなくなっていることから、これに事業用資産の買換えの特例を適用することはできない。

(二) 宇都宮の土地について

原告らは宇都宮の土地を昭和六二年九月に取得し、その後建築された宇都宮の家屋甲、宇都宮の家屋乙の敷地として使用していたと認められるところ、宇都宮の家屋乙は事業の用に供されていないものの、宇都宮の家屋甲は昭和六三年一〇月ころから遅くとも平成元年四月までの期間、原告晴啓の能楽の稽古場として事業の用に供されており、宇都宮の土地のうち宇都宮の家屋甲の敷地に対応する部分については、取得後一年以内に事業の用に供した土地と認められる。

したがって、宇都宮の土地のうち宇都宮の家屋甲の敷地に対応する部分には事業用資産の買換えの特例が適用される。その面積は、右土地の全面積一〇六七・七五平方メートルに、宇都宮の家屋甲の床面積二七三・三三平方メートルが宇都宮の家屋甲、宇都宮の家屋乙の総床面積一二四八・六二平方メートルに占める割合である、二二パーセントを乗じて算出される二三四・九〇五平方メートルである。

3  本件譲渡資産の譲渡による譲渡所得の計算上、宇都宮の物件の売却による損失を控除することができるか否かについて

(原告らの主張)

原告晴啓は、東麻布の物件を売却して買換資産を取得するに先だって、不動産取引や税法上の問題を玉蟲設計の玉蟲に相談したところ、玉蟲は、同原告の希望を聞いて、東麻布の物件を売却して居住用の土地・建物を確保し、そのほかに事業用として弟子に稽古をつける能舞台、付属設備を備えた土地・建物を購入し、事業用買換土地の条件によっては賃貸用のビルを建築した方がよい、もし買換資金に不足があるときは借入れをしなけれぱならない旨、東麻布の物件の譲渡代金は居住及び事業用に区分し、全額買換資産の購入に使い切らないと譲渡代金全額が所得税の課税の対象とされてしまう旨説明した。また、同原告は、事業用の買換資産として、宇都宮の土地を購入するに当たって、玉蟲設計から前記争点2の原告ら主張(一)(1)記載のとおりの説明を受けた。

同原告は、当時は税法にはまったく無知であったので、玉蟲の話を信じ、その指示するとおりにするほかないと思い込んだ。そこで、原告は、玉蟲に指示されるまま、本駒込の物件を居住用として取得した後、宇都宮の家屋甲及びその敷地部分を事業用として購入し、さらに、本駒込の物件を担保にして足利銀行から六億〇八〇〇万円の借入れをし、その資金で賃貸用の東宇都宮の家屋乙及びその敷地部分を取得した。ところが、宇都宮の家屋乙の借手が見つからず、右借入金の弁済が不可能となり、本駒込の土地・建物を競売されるおそれが生じたので、原告らは、宇都宮の家屋乙及びその敷地部分を上河内開発に売却することになった。そして、上河内開発が宇都宮の家屋甲及びその敷地部分も一緒でなければ宇都宮の家屋乙及びその敷地部分は購入しないという条件を出したので、原告らは、やむなく宇都宮の家屋甲及びその敷地も上河内開発に売却した。

宇都宮の物件の取得に要した費用は、土地関係が二億四四九〇万七七六〇円、建物の建築関係が五億三三二二万八二七一円で、その譲渡費用は五〇〇〇万円であり、一方、原告らは宇都宮の物件を上河内開発に合計五億五〇〇〇万円で売却したから、売却損が二億七八一三万五九二一円生じた。

原告晴啓が事業用の買換資産等として宇都宮の物件を購入し、これを売却した経緯は右のとおりであって、原告らは手許に譲渡益が現存せず、現存しないことについて原告ら本人には責任がないというべきであるから、本件譲渡資産の譲渡による譲渡所得の計算上、右売却損を本件譲渡資産の譲渡益から控除すべきである。

(被告の主張)

原告らは、納税者本人の手許に譲渡益が現存せず、現存しないことについて本人に責任がないから、その主張の売却損を本件譲渡資産の譲渡益から控除すべきである旨主張する。右の主張の法律的意味は必ずしも明らかではないが、その意図するところは、要するに、宇都宮の物件の取得から売却に至るものは、本件譲渡資産の譲渡に係る事業の一環と認めるべきであるから、宇都宮の物件の売却によって原告らに生じた損失をも考慮して、本件譲渡資産の譲渡に係る譲渡所得の金額を計算すべきであるというにあると理解される。

しかしながら、譲渡所得に対する課税の本質については、資産の取得時から譲渡の時までの期間内に経済的事情の変化等によってその取得資産の価値が増加した場合、その増加価値部分を譲渡価額と取得価額との差額によって認識し、その資産を譲渡した時に課税するものであって、いわば資産の所有期間内の価値の増加に対する清算課税であると解されているのであり、転々と続いた一連の行為を一体としてとらえるものでないから、原告らの主張は、独自の主張というべく、失当である。

また、所得税法一四〇条一項は、青色申告書を提出する居住者は、その年において生じた純損失の金額がある場合には、その純損失の金額をその純損失の生じた年の前年分の所得に繰戻し、前年分の所得に対する所得税の全部又は一部の還付請求をすることができる旨規定しているが、仮に、宇都宮の物件の売却によって生じた損失について右規定が適用されるとしても、宇都宮の物件の売却は平成元年及び平成二年中であるから、昭和六二年分の所得に関してなされた本件各更正処分等に何らの影響を及ぼすものではない。

4  玉蟲設計に対し支払われたコンサルタント料等のすべてが宇都宮の物件の取得費となるか否かについて

(原告らの主張)

原告らが主張しているとおり、本駒込の物件は居住用の買換資産に当たるから、東麻布の物件の居住用部分の譲渡による譲渡益は生じないはずであり、したがって、右居住用部分の買換え、すなわち、本駒込の物件の取得に関しては、玉蟲設計は何ら税金対策を講じる必要はなかった。

しかし、宇都宮の物件に関しては、争点2における原告らの主張のとおり、法三七条一項(事業用資産の買換えの特例)の適用を受けるために、玉蟲設計の提案に基づき、宇都宮の家屋甲を本件譲渡資産の譲渡代金で建築するとともに、宇都宮の家屋乙については、原告らが足利銀行からの借入れによって自己資金を調達して建築し、同家屋を賃貸用建物とするなど将来の不動産事業を企画する必要があった。

このように、玉蟲設計がコンサルタント業としての手腕を発揮したのは、専ら宇都宮の物件を事業用の買換資産として取得することに関してであったから、原告らが玉蟲設計に対して支払った(1)仲介コンサルタント料九〇〇〇万円、(2)土地取得業務代行料五五〇万円、(3)設計監理料四六〇〇万円の合計一億四一五〇万円は、すべて宇都宮の物件の取得費用になるというべきである。

(被告の主張)

(一) 原告らが玉蟲設計に対して支払った一億四一五〇万円のうち、本件譲渡資産の譲渡に要した部分に係る金額は譲渡費用になり、また、原告らが取得した本駒込の物件及び宇都宮の物件のうち買換資産として認められるものの取得に要した部分に係る金額は買換資産の取得費となるべき関係にある。

(二) ところで、右仲介コンサルタント料等として支払われた一億四一五〇万円は、本件譲渡資産の譲渡、本駒込の物件及び宇都宮の物件の取得に関する一連の行為に対して支払われたものであると認められるから、本件譲渡資産の譲渡価額一五億一〇〇〇万円、本駒込の土地の売買契約書の契約金額五億三一三四万四〇〇〇円、本駒込の家屋に係る工事請負契約の代金額三億九九四〇万円、宇都宮の土地の売買契約書の契約金額二億二五〇〇万円及び宇都宮の家屋に係る工事請負契約の代金額四億八四〇〇万円を基準額として、それぞれ支払われた金員の額によって按分して譲渡費用ないし取得費として配分計上されるべき性格のものである。

そうすると、右の仲介コンサルタント料九〇〇〇万円は、別表四の1のとおり譲渡費用ないし取得費として按分して配分され、同様に、土地取得業務代行料五五〇万円は別表四の2のとおり、設計監理料四六〇〇万円は別表四の3のとおり譲渡費用ないし取得費として按分して配分されるべきものである。

5  和寇工業に対し支払われた工事代金の一部が玉蟲設計に対する報酬として宇都宮の物件の取得費になるか否か、右工事代金のうち宇都宮の物件の取得費となる金額について

(原告らの主張)

和寇工業は玉蟲設計の秘書である渡辺の実兄が経営する工事会社で、玉蟲設計の代表者自身が取締役に就任しており、工事にあたっては、玉蟲設計が和寇工業を採用しているのであって、原告晴啓は何ら関与していない。そして、和寇工業による建築工事が実際に行われたか否か明らかではなく、和寇工業の工事内容については不明であり、原告らは、玉蟲設計から言われるままに工事代金を支払ってきたのである。したがって、和寇工業に対して支払われた工事代金には玉蟲設計の報酬が含まれていると推測されることから、原告らが和寇工業に対して支払った工事代金のうち右報酬部分は、前記4のコンサルタント料等と同様宇都宮の物件の取得価額として計上すべきであり、そうすると、和寇工業に対して支払われた工事代金のうち少なくとも一億〇二〇〇万円は宇都宮の家屋の取得費となる。

(被告の主張)

(一) 原告らが和寇工業に対して支払った工事代金合計一億七一四〇万円については、和寇工業からの請求書、見積書の記載によると、本駒込の家屋の工事代金に係るものとして合計七三九〇万円が、宇都宮の家屋の工事代金に係るものとして合計九七五〇万円がそれぞれ支払われたものと認められるのであり、被告の計上処理に誤りはない。

(二) 仮に、原告らの主張のとおり、原告らが和寇工業に支払った工事代金を宇都宮の物件の取得費に算入した場合、右工事代金は宇都宮の家屋の取得費となるところ、前記争点2に関する被告の主張のとおり、宇都宮の家屋甲及び宇都宮の家屋乙については、いずれも事業用資産の買換えの特例の適用がないことから、右工事代金は、本件譲渡資産の譲渡収入からは控除されず、結果的に、本件譲渡資産の譲渡所得金額が被告主張額を上回ることになるのであり、原告らの主張は失当である。

6  原告らが本駒込の家屋及び宇都宮の家屋の建築に当たりその主張の近隣対策費を支出したかどうか、支出したとしてもそれが右各家屋の取得費になるか否かについて

(原告らの主張)

原告らは、本駒込の家屋及び宇都宮の家屋の建築にあたって、玉蟲設計に対し、近隣対策費として昭和六三年二月一九日に一三〇万円、同年八月一日に一〇〇万円を支払った。

工事現場周辺の住民に迷惑料として一定の金額を支払うことは、工事をスムーズに進めるために当然必要な支出であるから、右金員を各家屋の取得費に算入すべきである。

また、仮に、右金員が現実には玉蟲設計から周辺住民に対し支払われていないとしても、原告らが玉蟲設計に右近隣対策費を支払っている以上、各家屋の取得費に算入すべきであることに変わりはない。

(被告の主張)

原告らの主張する近隣対策費については、領収書等によってその存在が証明されておらず、本件譲渡資産の譲渡所得金額の計算上、買換資産の取得費として認めることはできない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本駒込の物件のすべてが居住用買換資産に当たるか否か、その一部が事業用の買換資産である場合その範囲いかん)について

1  措置法三六条の二第一項一号に規定する「その居住の用に供した」とは、その者が生活の本拠として利用すること(一時的な利用を目的とする家屋を除く。)をいい、措置法三七条一項に規定する「事業の用に供した」とは、営利を目的とし、自らの危険と計算において継続的に行う事業のために使用することをいうものと解される。措置法三六条の二第一項に規定する個人が取得する家屋のうちに当該個人の居住の用以外の用に供する部分があるときは、その居住の用に供する部分に限り、居住用の買換資産に該当するものとされており(措置法施行令二四条の二)、また、取得した資産のうちに、事業の用に供されている部分と事業の用以外の用に供されている部分があるときは、原則としてその事業の用に供する部分のみが事業用の買換資産(措置法三七条一項)に当たると解すべきである(措置法通達三七-四参照)。

そして、当該家屋が居住用の買換資産に当たるか、あるいは事業用の買換資産に当たるか否かについては、当該家屋部分の構造及び設備の状況、譲渡資産との対比、当該個人の事業の内容及び当該個人及び配偶者等の利用の状況等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきものである。

2  前記第二の二記載の争いのない事実等、証拠(甲一六、乙一の1ないし4、二〇ないし二二、二三(ただし、後記の不採用部分を除く。)、二四、二五、二八、証人鞠子正(同前)、原告晴啓本人(同前))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、甲一一、一二、乙二三のうち右認定に反する部分並びに証人鞠子正の証言及び原告晴啓の各供述のうち右認定に反する部分は、右掲記の各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告晴啓の事業の内容

原告晴啓は、四歳の時に宝生流に入門して以来、重要無形文化財として指定されていた父故忠茂から能楽の教えを受けてきており、宝生流能楽の家元の直弟子として伝統芸能を受け継ぐ能楽師である。

同原告は、舞台に立ち自らの技能を観客に鑑賞させ、又は弟子に能楽の技能を教授することなどを職務として継続的に対価を得ている者であり、そのため、能楽師は日頃から厳しい自己研さんをし、一定水準以上の技量を維持するように努める必要がある。

(二) 家屋の構造及び設備の状況(別紙二ないし五参照)

本駒込の家屋は、地下一階、地上三階の建物であり、その一階から三階までの部分は、キッチン、リビング、書斎、ベッドルームなどからなり、各階室内の中央部分に一箇所階段が設けられており、通常の居宅の構造を有している。

一方、地下一階部分は、能舞台(三一・三六平方メートル)のほか、能舞台を囲むように舞台廻り、舞台控(倉庫)、後舞台があり、これらの面積は約八一・七平方メートルであり、地下一階部分のうち約六八パーセントを占めている。能舞台のほぼ真正面に和室(約一二畳)があり、この和室から能舞台を見渡すことができる。この他に更衣室、押入れがある。右和室には机、座布団等がおかれているが、大きい本棚等は見当たらず、また、多量の本がおかれている様子もない。

一階部分から地下一階に降りる階段としては、一階玄関内から一階の居室部分を通ることなく直接地下に降りる階段(以下「直通階段」という。)と居室部分から降りる階段との二つの階段が設けられている。

直通階段をほぼ降りきった辺りで階段の壁が一部途切れており、途切れた先にはトイレ及び水屋が向い合って備えられている。

一階部分には、玄関からホールを経て直通階段に至る途中に、洗面所、水屋、トイレ(二つ)の入り口がある。

なお、設計図面(別紙三)において、本駒込の家屋の一階にある水屋の隣の洋室部分には「生徒」との記載がされている。

(三) 譲渡資産(東麻布の家屋)との対比等

(1) 東麻布の家屋は二階建てであり、その二階に能舞台があり、その廻りには舞台廻りがあった。

能舞台の真正面には約八畳の和室があり、その設計図には「本人居間」と記載されているが、実際には、能の稽古に来た弟子が、他の弟子が稽古を受けているところ等を見るための見所として利用されていた。

なお、二階に上がるための階段は二つあり、その一つは、一階の居室部分から上がるものであるが、他のもう一つは、玄関脇から一階居室部分を通ることなく直接二階へ上がることのできるものであった。

(2) 原告晴啓は、東麻布の家屋を売却して立ち退き、新たに建物を建てるに当たっては、東麻布の家屋で居住していた時と同じ生活ができればよく、それと同じ物を都内の足場のいい所で確保したいと思っていた。そこで、東麻布の家屋と同じような形での利用状況を考えて本駒込の家屋を造った。

(3) 現に、本駒込に建築された家屋の地下一階部分は、その構造が、前記(二)のとおり、能舞台を中心として舞台廻り、見所としての和室、更衣室及び生活の場を通じないで玄関から直接出入りできる階段が設置されており、前記(1)の東麻布の家屋の事業用に供していた二階部分とほぼ同一の構造で造られている。

(四) 地下一階部分の利用状況

原告晴啓の能楽の弟子であった馬場照雄は、月謝を納めながら平成元年から平成四年までの間、平均すると月に二回くらい、本駒込の家屋へ通い、原告晴啓から地下一階部分等で能楽の稽古をつけてもらっていたが、平成五年に同原告から、今後能舞台を使用できないので松浦福三郎の自宅で稽古を行う旨記載された手紙がきて以来、馬場が本駒込の家屋で稽古を受けることはなくなった。

弟子の鞠子正は、グループ数人と共に、平成四年一〇月から平均すると月に一回くらい、本駒込の家屋に通い、地下一階の能舞台で仕舞の教授を受けていた。その際、地下一階の舞台に隣接する和室では、稽古の順番待ちの弟子が待っていた。

また、弟子の青島皎六郎は、平成元年から平成五年までの間に、年に二、三回の割合により、本駒込の家屋へ通い、原告晴啓から稽古を見てもらっていた。同人は、同原告から一緒に稽古を受けているグループの会費の中から同原告に対し月謝を支払っていた。

その他、原告晴啓が主宰する同門会の発表会の直前においては、弟子らが舞台の感触を味わうため、本駒込の能舞台を稽古場として利用していた。

3  右に認定した原告晴啓の事業の内容、本駒込の家屋の構造、本駒込の家屋の建築の経緯、地下一階部分の利用状況からすれば、右家屋の一階ないし三階部分は、原告らの居住用として建築され、かつ、利用されているものであるが、右地下一階部分は、同原告の能楽師の自己研さんの場及び同原告の弟子の稽古場として、能舞台を中心として舞台設備と一体をなす構造に造られ、和室部分についても、能舞台の見所として造られたものと認めるのが相当であり、実際にも原告晴啓の自己研鑽の場及び同原告の弟子の能楽の稽古場として一体として利用されていたものと認められる。

のみならず、仮に、原告らが主張するように、本駒込の能舞台が原告晴啓において古典芸能の承継者として技量を維持するため、自己研さんの目的にのみ使用するものであったとして、同原告は、前記2(一)に認定したとおり、宝生流能楽の家元の直弟子として伝統芸能を受け継ぐ能楽師であり、舞台に立ち自らの技能を観客に鑑賞させ、又は弟子に能楽の技能を教授することなどを職務として継続的に対価を得ている者であることから、右主張の目的でこれを利用することは、正に能楽師としての事業目的のため利用していることにほかならず、右地下一階部分が措置法施行令二四条の二第七項一号に規定する居住の用に供する部分に該当することはできない。

4  そうすると、本駒込の家屋の地下一階部分は事業用の買換資産になるものと認めるのが相当というべく、その居住用及び事業用部分の各床面積が本駒込の家屋全体の床面積に占める割合は、居住用部分が六九・八四パーセント及び事業用部分が三〇・一六パーセントとなる。

二  争点2(宇都宮の家屋甲及びその敷地部分について事業用資産の買換えの特例の適用があるか否か、適用があるとしてその範囲等いかん)について

1  事業用資産の買換えの特例の適用があるといえるためには、前記第二の一2記載のとおり、事業用の買換資産を、当該取得の日から一年以内に当該個人の事業の用に供し、又は供する見込みであるとの要件を満たさなければならず、右要件が満たされた場合でも、右事業用の買換資産をその取得の日から一年以内に当該事業の用に供しなくなったときは、右特例の適用はないものとされている。

2  前記第二の二記載の争いがない事実等、証拠(甲一〇の1ないし5、乙二三、二四、二五、二六の1、2、二七の1、原告晴啓本人(ただし、後記の採用しない部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、原告晴啓本人の供述のうちこれに反する部分は、前掲各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告らは、昭和六二年一〇月二九日、宇都宮の土地(合計面積一〇六七・七五平方メートル)を、当時同土地上に存在していた建物とともに購入取得した。

(二) 原告らは、同土地上に存在していた建物を取り壊し、新たに、右土地上に宇都宮の家屋甲(床面積二七三・三三平方メートル)及び宇都宮の家屋乙(延床面積九七五・二九平方メートル)からなる四階建建物を建築し、右建物は昭和六三年九月三〇日に完成した。

右建物の総床面積のうち、家屋甲の床面積の占める割合は二二パーセントである。

(三) 宇都宮の家屋甲には、東麻布の家屋から能舞台が解体移築され、原告晴啓は、右能舞台を使用して、昭和六三年一〇月頃から少なくとも平成元年四月頃まで、宇都宮近辺に在住している弟子たちに能楽の教授をしていた。

同原告は、宇都宮の家屋甲を、弟子の稽古用に使用するほか、第三者に対し有償で貸したりし、これを事業の用に供していた。

(四) 原告らは、宇都宮の家屋乙を賃貸用として建築し、建物完成後に入居者の募集等を行ったが、借手が見つからず、現実に賃貸されることはなかった。

(五) 平成元年四月四日、原告らは、宇都宮の家屋乙及びその敷地部分を上河内開発に対し四億三〇〇〇万円で譲渡する旨の売買契約を締結し、右同日、同社に対しこれを引き渡した。

また、右売却に際し、上河内開発が宇都宮の家屋甲及びその敷地部分も一緒でなければ宇都宮の家屋乙等を購入できないという条件を出したため、やむなく原告らはこれを承諾し、同会社からの要求により、右同日、宇都宮の家屋甲の鍵を上河内開発に対し引き渡した。そのため、原告晴啓は、同年五月以降、同家屋の能舞台で弟子に能の稽古をつけたり、第三者に賃貸することはなくなった。

なお、原告らは、宇都宮の家屋甲及びその敷地部分を、平成二年九月五日、上河内建設に対し一億二〇〇〇万円で譲渡した。

3(一)  宇都宮の家屋甲について

右2に認定した事実によれば、原告晴啓は、宇都宮の家屋甲を、その完成後間もない昭和六三年一〇月頃から少なくとも平成元年四月頃まで、専ら同原告の事業の用に供していたが、その取得から一年を経過する以前である平成元年四月に上河内開発に対し同家屋の鍵を引渡し、同年五月以降、これを原告晴啓の事業の用に供しなくなったものと認められ、したがって、宇都宮の家屋甲は事業用の買換資産には該当しないものというべきである。

(二)  宇都宮の土地のうち宇都宮の家屋甲の敷地部分について

本件譲渡資産は首都圏整備法二条三項に規定する既成市街地内にあり、宇都宮の土地は既成市街地等以外の地域内にあるから、本件譲渡資産及び右敷地部分はそれぞれ措置法三七条一項の表の一号に掲げる譲渡資産、買換資産に該当するところ、原告晴啓は、右2に認定したとおり、昭和六三年一〇月頃から少なくとも平成元年四月頃まで、宇都宮の家屋甲を専ら同原告の事業の用に供していたから、右敷地部分を取得してから一年以内に事業の用に供したものということができ、かつ、右敷地部分を取得してから一年以内に事業の用に供しなくなったという事実はないから、宇都宮の土地のうち、右敷地部分(面積割合にして二二パーセント)については、事業用の買換資産に該当するものというべきである。

4  原告らは、宇都宮の家屋甲及びその敷地部分を事業用の買換資産として取得しながら、これを売却せざる得なくなった経緯は、前記第二の争点2の原告らの主張のとおりであり、原告晴啓は宇都宮の家屋甲について故意に事業の用に供することをやめたのではないのであり、このような場合には、事業用資産の買換えの特例の適用を認めるべきである旨主張する。

しかしながら、措置法は、買換資産を現実に事業の用に供したことあるいは供する見込みであるという客観的事実を要件として譲渡所得の計算上特に有利に扱うこととしているのであり、かつ、取得から一年以内に事業の用に供しなくなったときについてはかかる特例を適用しない旨を明文をもって定めているのであって、事業の用に供しなくなった原因についてこれを考慮すべきであるとする規定はなく、また、考慮すべき理由もないから、原告らの右主張は到底採用することができない。

三  争点3(本件譲渡資産の譲渡による譲渡所得の計算上、宇都宮の物件の売却による損失を控除することができるか否か)について

原告らには、宇都宮の物件を売却した結果、合計二億七八一三万五九二一円の売却損が生じたが、原告らの手許に本件譲渡資産の譲渡益は現存せず、右譲渡益が現存しないことについて原告ら本人には責任がないというべきであるから、本件譲渡資産の譲渡による譲渡所得の計算上、右売却損を本件譲渡資産の譲渡益から控除すべきである旨主張する。

しかしながら、原告ら主張の売却損が生じたとしても、それは、平成元年ないし平成二年中に宇都宮の物件を売却したことにより生じたものであるところ、これを昭和六二年分の所得の計算上損失として控除すべき法律上の根拠はなく、原告らの主張は失当である。

四  争点4(玉蟲設計に対し支払われたコンサルタント料等がすべて宇都宮の物件の取得費になるか否か)について

1  原告らが玉蟲設計に対し仲介コンサルタント料等として一億四一五〇万円を支払っていることは当事者間に争いがないところ、右仲介コンサルタント料等のうち、本件譲渡資産の譲渡に要した部分に係る金額は譲渡費用になり、また、原告らが取得した本駒込の物件及び宇都宮の物件のうち買換資産として認められるものの取得に要した部分に係る金額は買換資産の取得費となるものである。

2  証拠(甲九の1ないし3、乙二三、原告晴啓本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告晴啓は、玉蟲に対し本件譲渡資産の買換えに関する一切の件(本件譲渡資産の売買、居住用及び事業用地の買い受け並びに建物の建築等)を委任していたことが認められ、右事実からすれば、原告らが玉蟲設計に対し支払った仲介コンサルタント料等合計一億四一五〇万円は、本件譲渡資産の譲渡、本駒込の物件及び宇都宮の物件の取得に関する一連の行為に対して支払われたものであると認めるのが相当である。

そうだとすれば、仲介コンサルタント料等は、本件譲渡資産の譲渡価額一五億一〇〇〇万円、本駒込の土地の売買代金額五億三一三四万四〇〇〇円、本駒込の家屋に係る工事代金額三億九九四〇万円、宇都宮の土地の売買代金額二億二五〇〇万円及び宇都宮の家屋に係る工事代金額四億八四〇〇万円を基準額として、それぞれ支払われた金額に応じて按分し譲渡費用ないし取得費として配分計上されるべきである。

したがって、仲介コンサルタント料九〇〇〇万円、土地取得業務代行料五五〇万円、設計監理料四六〇〇万円は、それぞれ別表四の1、同2、同3記載のとおり按分して譲渡費用ないし取得費として配分計算されるべきこととなる。

3  これに対し、原告らは、玉蟲設計がコンサルタント業としての手腕を発揮したのは、専ら事業用の買換資産となるべき宇都宮の物件の取得に関してであったので、原告らが玉蟲設計に対して支払った一億四一五〇万円は、すべて宇都宮の物件の取得費用とすべきである旨主張する。

しかしながら、原告らが玉蟲設計に対し本件譲渡資産の買換えに関する一切の件(本件譲渡資産の売買、居住用及び事業用地の買い受け並びに建物の建築等)を委任していたことは前記2に認定したとおりであり、また、玉蟲設計は設計事務所であって、本駒込の家屋及び宇都宮の家屋の設計を担当していること等(乙一の1ないし4、九、原告晴啓本人、弁論の全趣旨)からすれば、委任したそれぞれの仕事に対応する報酬が支払われるのが通常であって、玉蟲設計との間で玉蟲設計がコンサルタント業としての手腕を十分に発揮した程度に応じて報酬の支払の有無、支払額を定める旨の特段の約定があったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの主張は、到底採用することができない。

五  争点5(和寇工業に対し支払われた工事代金の一部が玉蟲設計に対する報酬として宇都宮の物件の取得費になるか否か、右工事代金のうち宇都宮の物件の取得費となる金額)について

1  証拠(乙三ないし一九)によれば、原告らは、和寇工業に対して、本駒込の家屋に係る工事代金として、昭和六三年一月二五日に二三四〇万円、同年八月六日に二三〇〇万円、同年一一月二四日に二三〇〇万円、同年一二月二六日に四五〇万円の合計七三九〇万円を、宇都宮の家屋に係る工事代金として、同年四月一日に三〇〇〇万円、同年九月一日に三〇〇〇万円、同年一一月二四日に三二〇〇万円、同年一二月二六日に五五〇万円の合計九七五〇万円をそれぞれ支払ったことが認められる。

したがって、原告らが和寇工業に対して支払った工事代金合計一億七一四〇万円のうち、七三九〇万円が本駒込の家屋の取得費用と認められ、九七五〇万円が宇都宮の家屋の取得費用として認められる。

2  原告らは、和寇工業に対して支払われた工事代金一億七一四〇万円には玉蟲設計に対する報酬が含まれていると推測されることなどから、右工事代金のうち右報酬部分は宇都宮の物件の取得経費として計上すべきであるなどと主張するが、右工事代金のうち一部が和寇工業に対して本駒込の家屋に係る工事代金として支払われたとの右1の認定を覆すに足りる証拠はなく、また、右工事代金に玉蟲設計に対する報酬が含まれているとの事実についてこれを裏付ける客観的な証拠は何ら存在しないから、原告らの主張は採用するができない。

六  争点6(本駒込の家屋及び宇都宮の家屋の建築に当たりその主張の近隣対策費を支出したかどうか、支出したとしてそれが右各家屋の取得費になるか否か)について

個人が自宅等を建てる際に一〇〇万円もの近隣対策費を支払うことは一般的なことではない上、これを支払ったことを裏付ける領収書等の証拠は何ら存在しないから、原告らが玉蟲設計に対し一〇〇万円ないし一三〇万円の近隣対策費を支払ったものと認めることはできない。

したがって、原告らの主張は、理由がない。

なお、甲九の2には、「近隣挨拶について(玉蟲さんより)」として、「手土産品は三〇〇〇円位の良い物を持っていく事」と記載されているが、これは、三〇〇〇円程度の手土産品を近隣の家庭に持っていくように玉蟲から指示を受けたことを示すにすぎず、実際に三〇〇〇円の手土産品を持っていったことを裏付けるものではないし、ましてや、原告らが主張するような一〇〇万円もの近隣対策費を支出したことの裏付けとは到底なり得ない。

七  原告晴啓の総所得金額について

原告晴啓の総所得金額は、同原告がその他の事業所得に係る所得金額として申告した二三二万九一五八円から、本駒込の土地の取得に要した登記費用のうち三〇・一六パーセント(前記一4に認定した本駒込の物件のうち事業用の買換資産とみるべき部分の割合である。)に相当する三七万七四五二円及び宇都宮の土地の取得に要した登記費用一四三万円のうち二二パーセント(前記二3に認定した宇都宮の物件のうち事業用の買換資産とみるべき部分の割合である。)に相当する三一万四七五四円の合計六九万二二〇六円を控除した金額一六三万六九五二円となる。

八  本件各更正処分等の適法性について

1  本件各更正処分について

以上によれば、原告らの昭和六二年分の所得税についての課税標準及びそれに対する税額は、別表三記載のとおり、

(一) 原告晴啓については

総所得金額 一六三万六九五二円

分離課税の長期譲渡所得金額 二億九〇八四万二八八八円

納付すべき税額 八一三二万八八〇〇円

(二) 原告文子については

分離課税の長期譲渡所得金額 二億九〇八四万二八八八円

納付すべき税額 八一一五万三六〇〇円

となり、本件各更正処分に係る原告らの納付すべき税額は、いずれも右の原告らの納付すべき税額の範囲内であるから、原告らに対する本件各更正処分は適法である(右納付すべき税額は、通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のものである。)。

2  本件各賦課決定処分について

(一) 原告晴啓に係る過少申告加算税額

原告晴啓は、昭和六二年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、同原告に対し賦課すべき過少申告加算税の額を通則法六五条一項、二項により計算すると、同原告に係る本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額六二九二万(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額六二九万二〇〇〇円と、右新たに納付すべきこととなった税額のうち、期限内申告税額一二五八万五五四四円を超える部分に相当する税額五〇三四万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額の二五一万七〇〇〇円との合計額八八〇万九〇〇〇円となる。

(二) 原告文子に係る過少申告加算税額

原告文子は、昭和六二年分の所得税に係る課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたものであり、過少に申告したことについて通則法六五条四項に規定する正当な理由も存しないから、同原告に対し賦課すべき過少申告加算税の額を通則法六五条一項、二項により計算すると、同原告に係る本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額六二八八万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額六二八万八〇〇〇円と、右新たに納付すべきこととなった税額のうち、期限内申告税額一二三二万三〇〇〇円を超える部分に相当する税額五〇五六万円(同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額の二五二万八〇〇〇円との合計額八八一万六〇〇〇円となる。

(三) 本件各賦課決定処分における過少申告加算税額(別表一及び二「裁決」欄中の「過少申告加算税」欄記載のとおり)は右(一)、(二)の各金額と同額であるから、本件各賦課決定処分はいずれも適法である。

第四結論

したがって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)

別表一

本件課税処分等の経緯(前田晴啓)

<省略>

別表二

本件課税処分等の経緯(前田文子)

<省略>

別表三

課税標準及び税額の計算

<省略>

分離課税の長期譲渡所得の税額の計算

<省略>

別表四 玉蟲設計に対する仲介コンサルタント料等の配分

(1) 仲介コンサルタント料90,000,000円の配分

<省略>

(2) 土地取得業務代行料5,500,000円の配分

<省略>

(3) 設計監理料46,000,000円の配分

<省略>

別紙一

<省略>

別紙二

<省略>

別紙三

<省略>

別紙四

<省略>

別紙五

<省略>

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